文献情報

1940年代後半~1950年代前半期の原子力関連資料

U.S. Atomic Energy Commission (1953) Reports to the U. S. Atomic Energy Commission on nuclear power reactor technology, Washington, U. S. Govt. Print. Off.
http://catalog.hathitrust.org/Record/002027842よりダウンロードが可能である。またスキャンした複製本がUniversity of Michigan Libraryより刊行されている。
 
U.S. Atomic Energy Commissionのsemiannual reportをNo.1(1947)からNo.25(1959)まで下記で全文を検索・閲覧できる。本WEBページに、各巻のリンク先がある。また1頁ごとであるが、各ページをダウンロード可能である。

例えば、No.1(1947)のリンク先は下記である。
http://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=mdp.39015015371787

佐野正博(2014)「原子力発電実用化前の原子力利用推進論」『技術史』第9号に関する補足・訂正情報

Posted by sano on 8月 04, 2014
文献情報 / No Comments

「公刊するからには、少しでも良いものにしたい」という思いから、佐野正博(2014)「原子力発電実用化前の原子力利用推進論 - 原子力利用に関する批判的検討のための資料紹介 Part 1」『技術史』第9号の刊行が当初予定(2012年5月)よりも2年間も遅れてしまい、関係者各位に大きなご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。
本Part1および近刊予定のPart2『技術史・技術論的視点から見た原子力発電関連文献ガイド』(227頁)の内容は、1年前にはほぼ出来上がってはいたのですが、より完成度の高いものにしようとした細部の修正作業に思わぬ時間がかかってしまいました。(来年度刊行予定の『原子力発電に関する推進論と反対論の論点整理』(仮題)というpart3とあわせて3部作として完結する予定です。)

下記に、Part1の詳細目次、全体の冒頭部(pp.2-8)、「第二次大戦前の日本における原子力関連記事」の冒頭部(pp.52-54)、「第二次世界大戦後~1950 年代前半期日本における原子力関連の事項および文献資料— 日本における原子力の産業的利用論および「平和」的利用論 (1) 1945 年8 月~1950 年代前半期の日本における原子力関連の記事や論文」の冒頭部(pp.103-108)を収録したサンプル版をアップしました。

当号の購入を希望される方は、技術史分科会まで連絡をお願いいたします。
定価は2,000円です。

住所:〒102-0093 東京都千代田区平河町2-13-1 嶋津ビル202号
日本科学史学会技術史分科会
FAX :03-3239-0545
e-mail: techne-wg @ freeml.com

Part1のポイント
Part1の本ガイドブック『原子力発電実用化前の原子力利用推進論』は、商業的利用開始前に展開されていた原子力(atomic power)の利用推進論を年代順に紹介したものです。20世紀初頭から1955年までの時期を対象とし、日本語および英語の新聞、雑誌、書籍における原子力の産業的利用論を収録しています。ただし日本に関しては、戦後~1955年までの国会での議論も対象としています。
 実用化の可能性が不明確な段階から新技術の革新性やその社会的意味を強調する議論が展開されるのは、原子力に限ったことではなく、一般的によく見られる社会的現象ですが、原子力利用の社会的意義を強調する議論も、原子力発電所など原子力の産業的実用化の可能性が明確になるずっと以前の20世紀初頭からなされています。
 なお本ガイドブックで紹介している言説の内で、技術論や技術史を専門とはしない方々にも興味を持たれるのではないかと私が考えているのは下記のような点です。
 
(1) 20世紀初頭から1920年代におけるTimes 、Washington Timesなどの新聞や、Popular Science Monthlyなどの通俗科学雑誌における原子力の「巨大さ」に関する初期の議論(pp.31-40)
 
(2) 原爆実用化直前の1940年代前半期におけるアメリカの大衆科学雑誌における原子力関連記事(pp.48-51)
 
(3) 被爆国日本における原子力発電の社会的受容を促進した「戦前」、「戦中」、「戦後初期」の議論

・エネルギー問題(燃料問題)解決との関連で原子力利用を位置づける議論が20世紀初頭から戦争中にかけて展開され続けてきたこと(pp.52-60)
・1944 – 45年前半の新聞および雑誌では、原子爆弾の強力さが従来型爆弾との比較ではなく、石炭や石油などの燃料との比較で紹介されていること(pp.103-104)
・1945年8月15日および16日の新聞において、原子爆弾の非人道性・残虐性と同時に、原子力の産業的利用の革命的意義を強調した記事が掲載されていること(pp.104-108)
・1940年代後半の戦後日本において原子力の平和的利用論がかなり数多く提唱されていること(中にはp.120, p.126, p.130, p.179の議論などのように原爆や水爆の「平和」的利用を論じる極端な議論も展開されていること)
 
(4) 「原子力の平和的利用」論は日本を含め、原爆の軍事的実用化と同時期になされていたこと、すなわち、アイゼンハワーによる1953年12月の国連演説における「Atoms for Peace」(平和のための原子力)論の提唱の数年前となる終戦直後から平和的利用論が社会的に展開されていたこと

・米国では原爆開発直後から、トルーマン米大統領の原爆投下直後の声明や1945年10月3日付け教書などに示されているように、原子力の軍事的実用化に対する巨額な投資の社会的正当化のためには、原子力発電など原子力の非-軍事的実用化=「平和」的利用という社会的「成果」を挙げる必要があったと推定されること
・敗戦国日本では敗戦直後から、科学・技術による平和日本の再建の重要な一環として、原子力の「平和」的利用=産業的利用が社会的に位置づけられていたこと。またそうした考え方の社会的受容の背景に、「東洋道徳、西洋芸術」論や「和魂洋才」論があったと推定されること。
 
 
誤植情報 2014.10.10
p.53に挙げた文献に収録ページ数に関する情報が欠落していました。上記のサンプル版では訂正してありますが、既にご購入済みの方は下記のように追加訂正をしておいて下さい。よろしくお願いいたします。

(訂正前)竹内時男(1921)「未来の動力」『アインシュタインと其の思想』内田老鶴圃, pp.
(訂正後)竹内時男(1921)「未来の動力」『アインシュタインと其の思想』内田老鶴圃, pp.85-86

原子力関連資料をダウンロード可能なサイト

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原子力関連資料を数多く収録した専門的サイト
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日本原子力産業協会(会議)がその発足以来発行してきた新聞『原子力産業新聞』(1955年~2006年度)、『原子力年鑑』(1957年~1999-2000年版)、『原子力ポケットブック』(1964~2005年版)、『原子力調査時報』(1961~2005年)、『原産年次大会』(1968年~2006年)などの定期刊行物、『原子力産業実態調査報告書』(1959~2005年度)などの報告書類、クリストファー・ヒントン(1956)『原子力発電の諸問題』日本原子力産業会議、18頁American Radiator and Standard Sanitary Corporation(1957)『コールダーホールとPWR両原子炉型式の比較』日本原子力産業会議、143頁などの書籍を、同協会のWebページからダウンロードすることができる。
 
アメリカの上下両院合同原子力委員会(Joint Committee on Atomic Energy)
アメリカの上下両院合同原子力委員会は、1946年から1977年まで存続した。本Webサイトでは、その委員会における全部で14万4千頁に及ぶ大量の資料を全文検索してダウンロードできる。
タイトル別、テーマ別、発行年別の表示も可能である。
 
下記の分類別に様々な資料が収録されている。一部はデジタル・データ化され、ダウンロード可能になっている。
326.1 ADMINISTRATIVE HISTORY
326.2 HEADQUARTERS RECORDS 1942-75
326.2.1 Records of MED Headquarters (Oak Ridge, TN)
326.2.2 Records of AEC Commissioners
326.2.3 Records of the Office of the Chairman, AEC (David E. Lilienthal, 1946-50)
326.2.4 Records of the Office of Information Services, AEC, and its predecessors
326.2.5 Records of the Washington Production Division
326.3 RECORDS OF THE OAK RIDGE OPERATIONS OFFICE 1942-75
326.3.1 General records
326.3.2 Records of staff organizations
326.3.3 Records of operating units
326.4 RECORDS OF OTHER OPERATIONS OFFICES 1942-73
326.4.1 Records of the Savannah River Operations Office (Aiken, SC)
326.4.2 Records of the Chicago Operations Office
326.4.3 Records of the Idaho Operations Office (Idaho Falls, ID)
326.4.4 Records of the Nevada Operations Office (Las Vegas, NV)
326.4.5 Records of the New York Operations Office
326.4.6 Records of the San Francisco Operations Office
326.5 RECORDS OF CONTRACTORS 1923-74
326.5.1 Records of Holmes and Narver, Incorporated
326.5.2 Records of Columbia University
326.5.3 Records of Linde Air Products
326.5.4 Records of the Tennessee Eastman Company
326.5.5 Records of the General Electric Company
326.5.6 Records of E.I. Du Pont de Nemours and Company
326.5.7 Records of the Lawrence Berkeley Laboratory, Berkeley, CA
326.5.8 Records of Rockwell International
326.6 CARTOGRAPHIC RECORDS (GENERAL)
326.7 MOTION PICTURES (GENERAL) 1950-71 200 reels
326.8 TEXTUAL RECORDS (GENERAL) 1946-75
326.8 SOUND RECORDINGS (GENERAL) 1952-74
326.10 STILL PICTURES (GENERAL) 1947-72
 
 
本サイトで下記のように、原子力の社会的利用および原爆に関連する数多くの資料(原文および日本語訳)をダウンロードできる。
原爆投下の決定に関わる資料
「ポツダム宣言」「原爆投下直後なされる予定の米政府広報発表(1945年7月30日作成、原爆投下直後のトルーマン大統領声明 最終原稿版)」「陸軍省長官声明」「トーマス・T・ハンディ将軍からカール・スパーツ将軍への指示書(1945年7月25日)」など
トルーマン日記
Robert H. Ferrell『トルーマンと原爆、文書から見た歴史』
<シリーズ>トルーマン政権、日本への原爆使用に関する一考察
 
「暫定委員会(Interim Committee)について」、「暫定委員会 会議議事録」(1945/5/9 ~ 1945/7/19)
ルーズベルト大統領の1945年4月12日の急死にともない大統領に就任したトルーマンに対して、「原子力エネルギー開発事業」のトルーマン政権内部の最高責任者だった陸軍長官ヘンリー・L・スティムソンは、同問題に関する諮問委員会設立を提起した。そうした提起に応じて設立されたのが完全な秘密委員会であるthe Interim Committee(暫定委員会)である。

Buck, Alice L. (1983) A History of the Atomic Energy Commisision, U.S.Department of Energy History Division

 
スティムソンは、トルーマン政権内部で陸軍長官を努め、原子力エネルギー開発事業の最高責任者であった。「ヘンリー・ルイス・スティムソンの略歴」、「スティムソンのトルーマン大統領宛メモランダム」、「スティムソンのトルーマン大統領宛手紙」、「スティムソン日記」ほかなどの資料をダウンロードできる。

 

 
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Public Domainを収録した一般的サイト
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学会のオープン・コンテンツ
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日本原子力産業協会(会議)がWEBで公開している発行資料

日本原子力産業協会(会議)がその発足以来発行してきた定期刊行物、報告書類、書籍などの下記資料を、同協会のwebページからダウンロードすることができる。
定期刊行物
会議報告書
調査団報告書
調査報告書
原子力産業会議 総会議案

米原子力委員会(AEC)の初代委員長(1946年-1950年2月)リリエンソール(David E. Lilienthal)関連文献

Posted by sano on 1月 29, 2013
文献情報, 米原子力委員会関連文献 / No Comments

David E. Lilienthal Papers,1900-1981(bulk1950-1981):Inventory
http://arks.princeton.edu/ark:/88435/rr171x21j
リリエンソールの手紙、レポート、論文、講演、著作を集めたプリンストン大学図書館のコレクション(632箱分)の紹介ページ

Acheson, Dean and David E. Lilienthal (1946) Report on the International Control of Atomic Energy: Prepared for the Secretary of State’s Committee on Atomic Energy, H.M. Stationery Office, 44pp
1946年3月に提出された、いわゆるAcheson-Lilienthal Report。厳格な査察システムと放射性廃棄物の制御を実施することを条件に、原子力に関するアメリカの独占をやめ、国際的機関にまかせることを提案したレポート。
http://www.learnworld.com/ZNW/LWText.Acheson-Lilienthal.htmlで全文を読むことができる。

Lilienthal, D.E., Robert F. Bacher,Sumner T.Pike,Lewis L. Strauss, and William W, Waymack (1947) “First Report of the U.S. Atomic Energy Commision” Science, 21 February 1947,Vol.105 no.2721, pp.199-204
http://promo.aaas.org/kn_marketing/pdfs/Science_1947_0221.pdf

Lilienthal, D.E.(1947) “Atomic Energy and American Industry,” speech before the Detroit Economic Club,reprinted in Bulletin of Atomic Scientists, 3 (November 1947), pp.339-340.

Lilienthal, D.E.(1947) “Atomic Energy is Your Business,” speech given in Crawfordsville, Indiana, reprinted in Bulletin of Atomic Scientists 3 (November 1947), pp.335-38.

リリエンタール D.E.(1950)「原子力の平和的利用」『日本評論』25(7) [1950.07], pp.1-11

Lilienthal, D.E.(鹿島守之助訳,1965)『原爆から生き残る道:変化・希望・爆弾』鹿島研究所出版会,198pp

Lilienthal, D.E. (末田守, 今井隆吉訳1968)『リリエンソール日記 II』みすず書房(5 原子力の時代 1945年8月-12月/6 原子力の時代 1946年)

Lilienthal,D.E. (末田守, 今井隆吉訳1968)『リリエンソール日記 III』みすず書房,489pp(1 原子力の時代 1947年/2 原子力の時代 1948年/3 原子力の時代 1949年/4 原子力の時代 1950年)
Lilienthal,D.E. (1964) The Journals of David E. Lilienthal, Volume II: The Atomic Energy Years 1945-1950の邦訳。同書の中でリリエンソールは下記のように述べている。
「この研究が非軍事用の分野に入っていくにつれて、アメリカの政府や経済生命に対するその影響は、非常に大きなものになりうる。産業界はこれを支配しようとするだろう。そして、それは初めはうまくいくかもしれない。しかし、時が進むにつれて、このような我が人類全体の運命の支配力ともいえるものを、私企業の手に委ねることができないことは明らかになってくるだろう。」『リリエンソール日記 II』みすず書房,p.219

Lilienthal, David E.(古川和男訳,1981)『岐路にたつ原子力 : 平和利用と安全性をめざして』日本生産性本部, 186p ; 19cm.
Lilienthal, David E. (1980) Atomic energy : A New Start, Harper & Rowの邦訳。リリエンソールは,1979年のスリーマイル島事故の根本的原因を操作員の誤操作というヒューマン・エラーに帰す議論に対して、次のように批判している。
「スリーマイル島事故の原因について,結論じみた調査が多く行われるなかで,おもな原因を“操作ミス”に帰する傾向がみられている。しかし“操作ミス”の可能性,さらには必然性を考慮に入れて発電所を設計するのが設計者の責任である。いかによく訓練され,強い意欲を持った人であっても,やはり人間でありかならずミスをしうるのであるから,そのような人間が運転することを考えて発電所は設計すべきである。スリーマイル島発電所のようにあまりにも複雑なものは,操作ミスを招くものである」原著p.50,邦訳p.81

Neuse, Steven M. (1996) David E. Lilienthal: The Journey of an American Liberal, University of Tennessee Press,406pp
Google Booksで全文検索が可能、一部はプレビュー利用可能。同書のp.240では原子力発電に関してリリエンソールが「安い原子力発電はキメラである」と考えていたこと、および「石炭、石油、水力などに対する価格競争力を持っているにしても同じように良い(“just as good”)かどうかを疑っていた」とされている。(His message was blunt: cheap nuclear power was a chimera. Moreover, even if cost-competitive with coal, oil, or falling water, Lilienthal doubted that atomic power was “just as good.”)